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【食萌え管理栄養士 熱量タカコがしくじり人生~会社設立をめざすまで その6】


【ついに 長いトンネルを抜け出す】 

 これまでの記事は↓

hasegoro.hatenablog.com

 

 

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食を変え、東洋医学の治療を受け
少しずつは気力を取り戻しながらも
先の見えない自分の病気との闘い 
  
 

毎日堤防を歩き、
少しずつ距離も時間も増えていきました。 
 
 

ある日、堤防に短い石柱があり、
それは400メートルごとに
スタート地点からの数字が
かいてることに気づきました。 

「○○川 起点から400メートル
みたいに。
  

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次の日から、その数字を目安にして
距離を少しずつ伸ばすことを目標にしました。
  
 

とはいっても無理したら、
寝込んでしまう。 
  
 
だから
距離とタイムを一定にするようにしました。
 
 

天候の悪い時と体調不良の日以外
朝ウォーキングを2年続けました。 
 
 

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2年も毎朝歩いていると
代謝が良くなり 
 
 
歩いた後、おなかがすいて
昼にごはんどんぶり1杯食べられるようになり

そして食べても
太らなくなりました。
  
  

 

私は子供のころからひどいO脚で
膝がくっついたことなかったんですが
ウォーキング続けて
膝がくっつくようになりました。 
 

そして、膝の上の肉もなくなりました。
(ウォーキングすごいよ!) 

 

少しずつ 少しずつ歩く距離を増やしていった
ある日のことです。 
 


堤防をひたすら歩いていた
私の目の前に 
 

急に大きな商業施設の建物が
川の向こうに現れました。

  

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そこは、私がずっと歩いてきた川の堤防と
もう一本の川の堤防の
合流点でした。 

 
 

その時、私の頭に

何の根拠もないけれど 
  
 

「ああ、これで私は大丈夫だ。」
ってて気持ちがわいてきて


「もう、私社会に復帰できる」

とも思いました。 
 
 


そこからは
どんどん歩く距離も
速度も速くなり 

毎日2時間 8キロを
歩けるようになっていました。
 
 

そしてその日から
1か月のしないうちに

私の望んでいた 
  
 

「そこそこやりがいがあって、
家庭と仕事を両立出来て
そこそこの収入」 

という仕事を
すんなりと見つけて就職していました。
 
 
 

以前の自分だったら40歳で
希望の仕事に就けるなんて
思っていませんでした。
 
 

その仕事場でも
苦労はありました。
 
 

でも、以前のように
我慢をしている私では
ありませんでした。
 
 

アメブロでも書いていますが
しくじり先生ではなく
しくじり先生として
 
 

いい加減な仕事をして
お客様のことを考えない
職場の体質を変え
 
 

最後は内部告発という
不本意な辞め方を
することになりますが
(興味がある人はブログにて)
 
 

そのあと40代後半でも
もっと良い条件で
仕事内容も人間関係も素晴らしい
職場に就職することになりました。
 
 
**********

そして
20数年ぶりに
吹奏楽を始め 
 
 

職場以外ほとんど友達がいなかった私に
たくさんの仲間ができました。
  
 

 
不思議なことに
周りに嫌だなという人も
嫌だなと思うこともなくなり

我慢する、耐えることも
なくなりました。
 
 

いつのまにか家族が
家事を喜んで行ってくれるようになり 
 
  
 

「私がいなかったら家事が回らない」
と思っていたのに

いつも誰かが家事をしてくれ
一番ずぼらなのは私?状態。
 
********* 

昨年仕事を辞めて
イタリアへ1か月ひとり旅

心配していたお金も家庭も
家庭のことも
体のことも
 
 

すべて すべて
 
 
うまく回っていきました。

 
 
そして50代
大好きだった仕事を辞めて
自分の好きなことをして生きると決めて
じぶん仕事を始めることにしました。
 
 
いくつかのビジネス塾を経て
(それぞれの場所でその時に
必要なものを得てから)
 
 

今は政宗式法人戦略という場所で
勉強しております。 

まさかの株式会社設立も
入塾から半年もせずに行いました。 
  
 
**********
 
会社を設立してでも
私がやりたいと思っていることは
 
=========== 

*本当に健康な人を増やすこと。
 
 

健康診断ではわからない病気も
すべて病気はこころとからだから。

健康の土台は食です。 
  
 

おうちごはんを大切にし
家族が食を通じて健康でしあわせに過ごせる
お手伝いをしていきます。

 
============= 

*自分ファーストで生きる女性を増やす。 
 

家庭や仕事、社会的役割を優先して
自分を後回しにして
体と心の健康を失っている女性を
もっと元気にしたい  
 

 

そして女性が自分の優先順位が低いのは
経済的な立場もあります。 
 

家事の負担を減らしながらも健康な食事を
両立し、生きがいのある仕事をするお母さんは
きっと子供にとっても素晴らしい宝になります
 
  
=========== 

*こだわりの生産者と喜んで対価を払える消費者を
むずびつける、増やす。
  
 
 
からだのために、良いものを食べたいと思っても
残念ながらスーパーでは売れ筋、安いものが主流です。
   
 
 
高ければいいわけではないけれど
値段でなく、商品の質や、
作られるまでの過程に理解を示し
対価を払える消費者が増えれば
 
 
もっと良い商品の販路も増えると思うのです。
そして健康な人も増えると思うのです。
  
 

㈱TabeTabiは この3つの目標をかなえて
健康でしあわせな人が増えるようにしたいと
思っています。
 
 

長文最後までお読みいただきありがとうございます。
  
 

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 食萌え管理栄養士熱量タカコがしくじり人生~会社設立をめざすまで その5

 

【難病→食と習慣を変え、しくじり人生をやめる】

重症筋無力症と診断されたものの
病院は通院をすすめながらも
 

決定的な治療法がないのですが。。。
胸腺を取れば改善するという報告もありますが。。。
ステロイド治療が効く人もいますが。。。
 

みたいなあいまいな話し方で
1か月に1度 動かないカラダを
無理やり引きずって
病院に通っても
何もしてくれない
 

セカンドオピニオンをお願いしたいのですが、と
看護師さんにいうと
 

とんでもない!!という顔をされる。
 


特定難病疾患の医療費助成の申請用紙をもらう。
 

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申請の期間が限られていて、保健所に問い合わせると
急げば間に合うとのこと。
 


大学病院の教授の作成した書類の記載もれ。
「次の申請は数か月後になるらしい。。。。
 


。。。。。。。。。。。。。

その時
自分の中から声が聞こえてきた
 

「何をやっているの!!
小さい娘に
どんどん弱っていく
そんな情けない姿を見せて生きていくの?」
 

その声を聞いたときに
悲しいとかつらいよりも

悔しい、怒りのような思いがこみあげてきた。
 

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真面目に仕事をやってきて、
会社の他の人をかばったり
お客様のために頑張ってきた私が
 

最後は有休ももらえずに退職金ももらえずに
ブラック企業にぼろ雑巾のように扱われて

何がおかしかったのかわからないけれど
どうして私がこんな目に合わなければならないんだ。
  
 

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「このしくじり人生を何とかしたい!」
そう強く感じました。
 

たまたま大学時代の友達で
鍼灸の学校に通い始めた人がいて
  
 

「私のバイト先の鍼灸院に来る?」
と言われました。
  

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もともとカイロプラクティック鍼灸
整骨院などはよく行ったけれど
一時だけのもので
良くなったことはなかったけれど

でもこの鍼灸院は今までと違った。 
 

何とかしてくれそうな気がしました。
 
 

でも先生に
「タカコさんのカラダは難しい」
と言われた。
 
 

それほど自分のカラダの中で
いろんなものがこんがらがっていたのだ
 
 

【運命の本と先生との出会い】
帰りに立ち寄った本屋で
病気を治す、という本を探している時
 

1冊の本が目に入りました。

『東方栄養新書

体質別の食生活実践マニュアル [ 梁晨千鶴 ]
 

 

東方栄養新書―体質別の食生活実践マニュアル

東方栄養新書―体質別の食生活実践マニュアル

 

 


 

体質別の食事 自分にあう食材 あわない食材 
食材の正しい摂り方と調理法が載った本でした。

 

管理栄養士の自分が
今まで習ってきたこととは全く違う考え方
 

本の最後に著者の紹介があり
先生が大阪で月1回勉強会を開かれていました。
 

それを見た時に

出版社にすぐに連絡をして
先生に連絡をとっていただきました

そして勉強会の日に
参加することになったのです。
  
 

******* 

本の著者 梁晨千鶴こと梁先生は
北京大学医学部で西洋医学の勉強をされ、
中国で臨床医として経験を積んでから
京都大学で博士号をとられています。
  

祖父が中国でも有名な漢方医という家だったので
漢方のことももちろん勉強していたのですが、
 

患者さんを見れば見るほど、
西洋医学ではなく東洋医学の素晴らしさが
わかってきたとおっしゃってます。
 

先生の勉強会で
東洋医学を教えていただきました。

 

 

先生の食べ物に対する知識の奥の深さ!!
中国の食と漢方薬のことを十分に知られているので

 

 

参加者の皆さんも食品だけでなく
草や虫など食べ物、漢方薬の材料に詳しく

 

 

私は勉強会に参加して、
自分が管理栄養士と名乗るのが恥ずかしい!!
とこんなに思ったことはありません。
 
 

子供の時になぜ私が
牛乳をたくさん飲んだのに
身長が伸びなかったのか
 

どうしてひどい肩こりに悩まされたのか
今まで原因不明の体調不良だったのか
 

どうしてこんなに
ネガティブな性格になってしまったのか
 

先生の教えに沿って
食を見直しました。
 
 

でも
食べること自体が負担で

好きなものを食べると
ぐったりしてしまう
頭痛と吐き気がひどい
 

お腹いっぱい食べたい
でも食べたら
地獄のような頭痛と吐き気
バケツ一杯くらい吐くのが
あたりまえ
 

そして吐いたら寝込む

先生は教えてくださいました。
 
 

人のエネルギーは先天の気
(生まれつきのエネルギー)と
後天の気
(暮らしの中で補充できるエネルギー)があり、

私はもともと先天の気が少ない。
だからエネルギーの容器(コップとします)が小さい。
 
 

それなのにストレスや生活習慣などで
補充できるものが
減ってしまっていた。
 

つまり小さなコップに
ちょっとの水しか入っていない
そんなエネルギーで生きていたのです。

もう生命エネルギーのコップが
枯れかかっている。。。そんな状態。
 
 


エネルギーを補充する
漢方薬を飲んでも
漢方薬の作用にすら体が耐えられなくて
寝込んでしまう。。。。
 

こんな体で
もし効果があるかどうかわからない
西洋医学の治療薬を受けていたら
体はもたなかっただろう、と言われました。
 


先生は言いました。

「毎日 歩きなさい。朝。
地のエネルギーとお日様のエネルギーをもらいなさい」
 

朝じゃないとだめなんですって。
朝日にパワーがあるんですって。
そして歩くことで地面(地球)からエネルギーをもらう。
 


勉強会に行ったり病院に行くのも精一杯
次の日から数日寝込んでしまう私。

 

でも歩こうと思いました。

はじめは太陽の下、歩くこと自体がしんどくて
10分も歩けばその日は寝込んでしまいました。
 

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でも歩きました。

すると私の人生は本当に変わってきたのです
 

続きます
(長い文章おつきあいありがとうございます)

 

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食萌え管理栄養士 熱量タカコが しくじり人生~会社設立を目指すまで その4

ブラック企業→難病へ 

出産して子供はかわいかったけれど
育児ストレスや
社宅での閉塞感
仕事をせずに
社会に取り残されてしまう不安から 
 

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子供が2歳の時に
正社員で就職しました。 
  

新規営業所で
管理栄養士として営業所で
献立だけ作ってもらえばいい。 

小さな子供がいて就職が決まったので 
即OKしました。

 
 
求人誌に書いてあった値段よりも 
給料が少ない提示でした。
 
 

その時点でやめておけばよかったのに。
 

子供が小さいのに雇ってもらえる

そんな自分への過小評価が
悲劇の始まりでした。 
 
 

新規営業所に上司は常駐せず
デイサービスと老健の新規立ち上げで 

入って間もない私が
施設長などに
営業所付の管理栄養士という紹介をされ

 

 

「ベテランの管理栄養士です。
何でも聞いてください」

と紹介される。 
 
 

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新規施設の献立を作成しながら
新規に入ってくるパートさんや栄養士に
指導する立場 

新規営業所には
献立を作成するソフトもありません 
 

 

入社1か月目に
アル中の調理師が施設で
包丁を持って暴れているという
電話がかかっても
 

所長も営業も電話に出ないので
私が止めに行く 
 

施設の栄養士のいじめで
うちの栄養士が精神的に追い詰められたリ
難聴になりやめていきました 
 

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また
調理師が足りないので
調理師だというだけで優遇されて
人任せで何もできない調理師が
幅をきかせていました 
 

調理師が競馬で早退して
その後始末をさせられる
アルバイト栄養士 
 
 

真面目に仕事をして
仕事をやらない人の分までさせられて
体調を壊して辞めていく人 

事情があって仕事が辞めれない人
  
 

その人たちから
「助けて」コールが
私のところにやってくる
 

辞めるまでの2年で
10年分以上の苦労が
私にのしかかりました
 

新規事業所で
何もない状態だったので
 

献立は一人で作り
家で試作をしてから提供
 

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調理初心者のパートさんが多かったので
わかりやすいように
調理指示書も
盛り付け図も書き
発注も行いました。
 

休日にも
親戚の葬式の日にも
電話がかかってきました
  

仕事ができないバカ営業の不始末を
なぜか私が謝りに
施設に行かされたこともあります
  

施設長に
「管理栄養士さんに謝られてもね」
と冷笑されました。
(普通営業所長が行くものですが(;^_^A)
 
 

仕事を辞めると決心したのは
娘の夜泣きでした
 

残業が多く
保育園お迎え閉園ギリギリ

そのあと試作兼晩御飯
 

休日も会社に連れていき
事務所で遊ばせることもしばしば

おなかすいた~
もっと遊んで

そんな不満を口に出さず
いつも静かにおとなしく
待っていてくれた娘に
 

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甘えていたのです
 

自分が一番守らないといけないものを
一番傷つけてた

 

 

 

傷つけていたのは
娘だけではありませんでした
 

からだがずっとだるい
よくぎっくり腰を起こす
どうも息切れがする
力が入らない
 

会社を辞める前から
病院をあちこち回っても
原因はわかりませんでした。
 

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目がおかしい。。。
眼科に行って初めて
大学病院を紹介され
 

重症筋無力症という
指定難病だということがわかりました。
 

自己免疫疾患で
筋肉が動かなくなる病気です

続きます

 

食や習慣をかえて難病を克服し、自由で幸せな人生を送り

会社設立までしちゃいました

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食萌え管理栄養士 熱量タカコが しくじり人生~会社設立を目指すまで その3

食萌え管理栄養士 熱量タカコがしくじり人生~会社設立を目指すまで その3

アイルランドに短期語学留学後
日本には仕事はありませんでした。
転職の本はペラペラに薄く
新聞の求人広告では
「30歳まで ただし女性は25歳まで」
など今なら信じられない文言が
堂々と描かれている時代

 

 

まだ就職して2,3年すれば寿退社が
当たり前の時代。

 

 

「どうして前の仕事を辞めたのですか」
「結婚の予定はありますか」

 

 

ここで初めて、前職のような仕事はおろか
女性、25歳超えると仕事がない!!

 

当時の社会の変な常識に動揺してしまったわけです。

 

 

そこで「手に職系」で
国家試験で取得していた管理栄養士の免許を
使うことにしました。
病院の食にこだわるがウリの病院でした。

 

 

出勤当日、栄養科のドアを開けようとしたら
「管理栄養士なんかいらんって言ってるでしょ!」
と大声が聞こえました。

 

 

そうっとドアを開けると
私の前任者らしき
白い顔の管理栄養士がすごい形相で
事務長と話している

 

 

「今日からお世話になります、熱量タカコと申します」
とご挨拶をしました。

 

 

すると白い顔さんは
「あなた、前に企業で働いていたんですってね。。。
病院の栄養士をなめるんじゃないわよ!!」

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( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)。。。。。

説明のメモを取れば
メモ帳をパシっとはたかれ
「人の説明中にメモなんか取るんじゃないわよ」
一度聞いたことを確認したら

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「あなた、さっき「はい」って言ったわよね!
どういうこと?」

などなど。

 

 

その人が去ってからも
病院は
食中毒になるような危険なことが
まかり通っていましたので
ここにいると危ない、と思い

その病院は早々に辞めました。

 


************

そのあと別の会社では
管理栄養士ではなく
分析の仕事に戻ったのですが

結婚を機に

パートで管理栄養士の仕事をすることに
なりました。

 

 

ただ、この会社
仕入れ先の会社や
給料の支払いが滞っていて
かなり危ない

。。。。。辞めました

 

 

次の会社は献立ソフトや
健康にかかわる事業を展開する会社で
新規立ち上げでした。

献立ソフトが使えるということで
採用になりました。

 

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私が妊娠したことで
露骨な辞めろパワハラが行われました。

。。。。。辞めました

 

 

それでも手当てが欲しいので
出産1か月前まで働きましたけれどね。

************

度重なる転職で
「自分はひとつの場所で働けないダメな自分」
「自分の性格に問題があるのでは」

どんどん自分否定が強くなっていきました。

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当時の食生活ですが

栄養士の仕事をしたにもかかわらず
結婚するまで料理は
あまりしたことがありませんでした

 

 

頭でっかちの栄養ヲタクの私は
健康や栄養、食について
知識があったのにもかかわらず

 

 

何をどう調理したらいいのか
どんな組み合わせがいいのかもわからず

旦那の弁当も
冷凍食品を入れることもしょっちゅうでした。

 

 

旦那もジャンクなものが好きなので

インスタント食品、レトルト食品、
冷凍食品などの在庫がいっぱいでした。

外食もよくしました。

 

 

料理の本を読んで
少しずつレパートリーを増やしていましたが
それは技術習得のためで

本当の意味で
食べる人の健康や食の大切さを
考えていたわけではありませんでした。

 

 

仕事でお客様のために
そんな気持ちも
全くなかったのです。

「栄養士なんかやりたくなかったのに」
「自分は仕事が続かない、ダメな人間」

 

 

そんなどうでもいい挫折感がぬけないのも
そして転職を失敗するパターンも

 

 

いつも健康診断では正常なのに
カイロプラクティックやマッサージに行っても
肩こりや首コリが治らず
いつもだるくて
いつも悩んでいる私

 

 

実はココロとカラダが健康でないから
ということに気づくまで

そして健康がどんなに
大切かを実感するのには

もう少し時間がかかりました

続きます。

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難病と診断され、食と習慣を変え
健康を取り戻した経験を生かし、
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食萌え管理栄養士 熱量タカコがしくじり人生~会社設立を目指すまで その2

日本の栄養学とアメリカの栄養学の差に愕然

中学生の時、食品成分表を買いましたが、
その時本屋で売っていたのは
三訂栄養成分表。

昭和38年からずっと使われているのに
内容も20年くらい変わっていないらしく
恐ろしく時代遅れの数字や内容でした。

その頃、
アメリカで大ブームになったという
「ビタミンバイブル」
という本が日本でも売り出されました。
1983年のことです。

その本を買って
内容に衝撃を受けました。
今では当たり前になっている
サプリメントという言葉を
初めて知りました。
35年前ですからね。。。。

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アメリカ人は、足りない栄養素を
サプリメントで補っている。
ビタミンにも
たくさんの種類があることも
その時に知りました。

日本とアメリカの大きな差を感じました。
(当時の話ですよ。。。)

 

 

高校生の時は
栄養や食品、添加物などについて
暇があれば本を読んでいました。

 

 

ただ、栄養や料理について、
またダイエットについて
調べれば調べるほど

 


「バランスよい食事を摂りましょう」
「~を控えめに」
「食の欧米化が進んでいるけれど
 和食が一番」

 

 

栄養士さんの書いた本や説明は
なんか説教くさいから嫌い。
何を言っても否定されそう。。。。

そして楽しくない!

だから栄養士になるつもりはありませんでした。

 

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+++++++++
大学は
農学部か生活科学部を受験しようと
思っていました。

現役の時は志望の大学1本しか受けず
不合格。1浪することになりました。

予備校の先生に、2年目の受験の前に
「2浪するつもりがないのなら
どこか絶対受かるところ決めといた方がいい」

と言われ
提案してもらった学校の
管理栄養士専攻。

普通の食物学科よりも
就職先に食品の研究職などが多く

将来食品の仕事に就きたいと思っていたので

志望校に受からなかったら、だし。
そんな軽い気持ちで受験しました。

++++++++++


結果。。。。。
志望校に落ち、
その学校に行くことになりました。

現役の時にA判定だった学校。

同じクラスにも
同じ高校の1つ年下の人が2人もいる。

ものすごい屈辱感と挫折感。

↑↑↑↑↑
今考えると。。。。
本当にまったく、まったく
ちっぽけで
本当にどうでもいいことで
挫折していました。

 

 

もしもっと
気持ちを切り替えていたら

もっと有意義なことを
学ぶことができたのに。

 

 

挫折感はしかたがない。

 

 

でもそこで切り替えられなかったのが
自分のしくじり人生の始まりでした。

 

 

挫折感がしくじりを呼び
どんどん負のスパイラルに
巻き込まれていくことに
当時は気づいていなかったのです

+++++++++++++

大学卒業後乳業会社に就職
品質管理室配属となりました。

 

 

乳製品やジュースなどの分析検査や
細菌検査を行う仕事です。
毎日牛乳やヨーグルトやプリン、
ジュースなどの官能検査(味見ともいう)
を行いました。

 

 

その会社も
2年後あっさりと
仕事を辞めて
短期の語学留学に行くことにしました。

 

 

卒業旅行で行ったイギリスの
語学学校で全く話せず
悔しい思いをして帰ったので

2年くらい日本で勉強してから
もう一度海外の語学学校に行きたい

そんな能天気な気持ちでした。

 

 

でも帰ってきたら
恐ろしい現実が待っていたのですよ(;'∀')

ますます挫折スパイラルで
しくじり人生まっしぐら~

 

 

つづきます。

写真は大学の時の実習風景。
ツッコミどころ満載ですが
懐かしいです

 

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難病を克服して

社会復帰し

家庭も趣味も仕事も充実させ

ついに会社まで作ってしまった

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ココロとカラダを健康にし、ワクワク人生を引き寄せる7ステップ

 

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食萌え管理栄養士 熱量タカコがしくじり人生から会社設立を目指すまで

[食萌え管理栄養士 熱量タカコが
しくじり人生~会社設立を目指すまで]

 

 

私はサラリーマンの父、
専業主婦の母の
3人姉妹の次女として育ちました。

 

 

父は営業マンで
国内外を出張する事が多く
その度にその土地の食べ物を
おみやげに買って来てくれました。

 

 

母は料理も作るし、
だからといって
手料理にこだわる訳ではなく

インスタント食品や惣菜
お菓子やパンなどもよく買ってきました。

 

 

両親とも食べることが好きだったので
いつも家には食べ物や料理が
たくさんありました。

 

 

そんな食べ物にあふれた家に育った私は
小学生ですでに食べ物の表示も
よく見ていました。

 

 

もともと本や図鑑などが
大好きだったので

何が入っているのか
興味があったし
調査比較するのが好きだったのです。

 

 

 

カールのうす味と
カレー味とチーズ味では
内容量が違うこと

 

 

湖池屋カルビーでは
ポテトチップスの量も
芋の味も違うこと

 

 

アイスクリームと氷菓
ラクトアイス、アイスミルクの
乳脂肪の違いなども
自分で調べて知っていました。

 

 

暇があればスーパーで
表示をひっくり返してみていました。

 

 

また、食品以外にも
堤防の草や隣の家の庭の草なども
片っ端から食べてましたwww

美味しい草を
自分で見つけたかったみたいです。

 

 

堤防の草を食べて
唇がたらこに腫れ上がったこともあります。

 

 

今考えたら、堤防の草💦
犬の散歩もあっただろうし💩
いえ、何でもありません。

 

 

 

自転車で知らない街まで
行くのも大好きでした。

 

 

先月設立した会社
TabeTabiの原点「食べ」「旅」は
子供の頃にあったのだと思います。

 

 

かなり変わった小学生ですね💦

 

 

私が中学生になった頃、
母が大手製菓会社の工場に
パートで働きにでることになり、

 

 

規格外の商品や、
社員割引で安くお菓子を
しょっちゅう買って来たので、
お菓子を毎日
お腹いっぱい食べていました。

 

 

 

身長が低いのが悩みで
当時、牛乳を飲んだら
身長が伸びる、とか

縄跳びなどジャンプしたら
身長が伸びる、という本を読んで

毎日1リットル牛乳を飲み
毎日1時間縄跳びをしました。

 

 

身長は全くのびませんでした。
肩幅や骨がゴツくなり、
水泳部の先生に
「いい肩してるね」

とスカウトされましたが
全く泳げません💦

 

 

 

でも骨が丈夫だったのかというと
バレーボールで突き指をした時に
骨にひびが入りました。

あれ?
牛乳毎日飲んでカルシウム摂ってるのに
どうして背が伸びないんだろう
骨が丈夫でないのだろう?

 

 

そしてどんどん太っていきます。
外見の気になるお年頃です。

 

 

中学生の私は
本屋で食品成分表を
買ってみることにしました。

続きます。

 

 

写真は、食萌えのねずみの
仕事っぷりがカッコいい
「ねずみのとうさん アナトール」
という絵本です。

写真の説明はありません。
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